【家族が増えました!陣痛→出産までのレポートブログ~恥骨が痛い!それは陣痛かも?~】ミギーの雑記

ミギーの雑記

はいどうもこんにちは、ミギーです!
今回は【ミギー家・長男誕生】の裏話を少し。

これは誰かに見てほしいというよりは、備忘録であり、将来子供が大きくなった時に観てほしいという意味で書きます。
ま、暇だからちょっと読んでもいいか。くらいの軽い気持ちで読んでください。


令和元年11月23日(土)我が家に初めての赤ちゃんが産まれて来てくれました!
ブログでは名前を非公開にしますが、
画数と、令和元年生まれということで”はじまり”を意味する漢字を付けました。

スヤァ・・・

スタートは2019年11月22日(金)

いい夫婦の日。この日は12月下旬並みの寒さと天気予報が言ってた通り、とても寒かった。おまけに雨も降っていて、風もある。お天気はあまり良くありませんでした。

22日が予定日でした。しかしお昼過ぎくらいまでは何もなく平和な一日。
従弟と従弟の奥さんと4人のグループLINEで「全然生まれる気配ない」と談笑しているくらいです。  

仕事が終わって21時前に帰宅すると、お風呂から上がった妻が「足の付け根と恥骨あたりが痛い」と。
しかし『恥骨 陣痛』とかで検索しても『陣痛とはお腹の張りが大きくなること』みたいなことしか書いていない感じで、
あれ???と思いこれが陣痛なのかよくわからない感じでした。

通常、陣痛は痛い時間と痛くない時間を繰り返し、その感覚が10分以下になって連続してくれば陣痛と判断するものです。しかし妻は足の付け根がずっと痛くて”痛くない時間がよくわからない”と言います。

11月22日(金)23時頃

どうやらかなり痛いらしく(この時にはもう歩けないくらい痛い)産院へ電話。
感覚が10分間隔になったら一度来てくださいと。1時間後に経過を見て判断しましょうとなりました。

11月22日(金)23時30分頃

実家のお父さんとお母さんが妻の元へ。激痛の感覚も10分を切り、お父さんがもう行こうと車を準備。(実家で車があって本当に良かった)
産院に連絡して出発。車に乗る前に、お母さんが「頑張りなさいよ」と妻の肩に手を置きました。語尾が強くなっていたところ、自分自身が娘を産んだときのことを思い出したのかなと、勝手に推察してしまいました。

妻はしっかりしていて、
・出産時 に必要なモノが詰まっているバッグ
・入院時に必要なモノが詰まっているバッグ
・退院までに必要なモノが詰まっているバッグ
3つを事前に準備していました。これは本当に良かった。
妊婦の方がいればぜひ、「持っていくだけ」のまとめをしておくと良いと思います。

11月23日(土)0時過ぎ

産院へ到着。もう妻は足元もおぼつかずに苦しそうです。
看護師さんに支えられ、診察に。
5分も経たないうちに入院が決定しました。
妻はそのまま分娩室へ。家族の立ち合いは一人までの病院なので、お父さんとはここでお別れ。陣痛じゃなかった場合診察して帰される場合もありますが、入院と言うことで雨の中送ってくれたお父さんに感謝です。

すでに妻には激痛が走っているらしく、とにかく悶えています。悶えすぎて、看護師さんが点滴用の針を刺すのを2度ミス・・・分娩室に早くも血が滴ります。3度目はベテラン看護師さん登場で成功。

11月23日(土)0時30分過ぎ  

赤ちゃんが下に押してきているのか、腰と足の付け根がとにかく激痛と訴えてきます。腰をさするなんてものでは足りません。テニスボールをおしりに当てていきみ逃し。しかし押しても押してもまだ足りず、テニスボールは完全に潰れているのですが、それでも足りません。腰も激痛でかなり強く指圧しても「全然足りない。力弱すぎ」と言われ、こっちも本気を出します。

11月23日(土)1時30分過ぎ    

テニスボールでいきみ逃しをしながら、腰をマッサージしていましたが90分くらいずっとしてるとこちらの指も腕も弱ってきます。しかし妻からは「いや、弱めないで、まじで」と言われます。ミギー34歳。人生で初めて3時間以上、全力で人をマッサージすることになります。

11月23日(土)2時過ぎ    

子宮口は9センチほどに。(10センチあればもう産まれて来てもOKと言われている)21日の検診で2センチだったので、スムーズに準備出来たようです。その後ほどなく破水。
しかしここで問題が発生。赤ちゃんが横を向いていてお産体制に入れません・・・

11月23日(土)4時過ぎ     

横を向いたり四つん這いになるなど、体勢を変えるために四苦八苦すること2時間。助産師さんにアドバイスを受けながら、4時40分ごろ、頭が卵1個分くらいの大きさまで見えてきました。

11月23日(土)5時過ぎ       

ベット状の形をしていた分娩台が足を広げさせて赤ちゃんを取りだす本格的な形にトランスフォーミングされます。私は妻の頭の裏側で待機。
「あ、頭が見えてますね。もうすぐですよ!」と助産師さん。
しかし安心したのも束の間。
そこから「次のイキみで出てくると思う。頑張って!」×7、8回・・・
(全然でてけぇへんやんけ。。)
助産師さんもあれおかしいな?と言わんばかりの困り顔。どうやらウチの赤ちゃん、頭が大きかったようです。。。
いきみまくっている妻にも疲れの表情が完全に出ています。
雑誌『たま〇クラブ』などでは、「立ち合いで旦那がずっと手を握り、さすってくれて励みになりました」的な記事を見たことがありますが、冗談ではありません。
超いきみまくってる妻の手を握ろうものなら全力で握り返さないと手、潰れます。さするなんて生易しいものでは、もはや感じないレベルの激痛です。
世の男性の皆さん、立ち合い時に必要なモノ。それは『体力×気力』です。

11月23日(土)5時40分過ぎ      

「いや、あなた絶対さっきまで寝てたでしょ!!」とツッコミたくなるほどの医者(男性・超クセっ毛)が登場。子宮口は全開ですが、赤ちゃんの頭が大きすぎるため会陰切開されます。

11月23日(土)06時02分   

いきみにいきみまくって、最後はとにかく振り絞っていきんだ瞬間、ドバっと、濡れた赤ちゃんが出てきました。一瞬、ほんの一瞬だけ間があって、「オギャー!」と少し擦れそうな、でも力強い産声が聞こえました。妻は悲鳴とも歓声ともとれるなんとも言えない声と表情でこちらを見てきました。私は泣いてました。助産師さんが手際よく赤ちゃんを拭いてくれて、「元気な男の子ですよ」とドラマで見るようなセリフをにっこり言ってくれました。こうして、無事一人の男の子が我が家に来てくれましたとさ。

HELLO WORLD!

恥骨や足の付け根が痛いというパターンの陣痛もある

せっかくなのでブログで書いておこうと思います。
産院で聞いたら、そうゆう陣痛もあるそうです。
しかし陣痛にこのようなパターンがあることはあまり見かけません。なぜだろうなと考えて見ると、陣痛って始まったらだいたい出産してしまうから、Yahoo!知恵袋とかネット上に相談など上がらない(そんな投稿している場合じゃない)ことが多いのかなと。
もし、恥骨や足の付け根が痛い。赤ちゃんに押されているのか痛みが下半身へ伸びてくる感覚がある方は陣痛のパターンもあり得ます。産院へ連絡してみましょう。

陣痛の時にまじで役に立ったもの

陣痛と言っても様々なパターンがあります。
事前に準備するに越したことはないですが、私が使ったのは事前に準備したテニスボールでもなく使い捨てカイロでもカーディガンでもありません。

フェイスタオル、水(ペットボトルキャップも)、うちわ。これを父親側が準備すれば十分です。

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フェスにでもいくのか?という準備ですが、
妊婦さんはとにかく激しい運動をするので特にタオル、安いやつでもいいので触り心地の良いものがおすすめです。
冬だろうと夏だろうと、分娩室は適温に設定されています。
陣痛からの出産までスムーズに終われば良いですが、実際は6時間、12時間、24時間を超えることも・・・
父親が出来ることはですね、身体をいたわる、汗を拭くくらいです。正直。

お産を通じて感じたこと

2019年3月下旬に「子供が出来たかも」と少し不安そうに妻が私に言ってきたことを覚えています。どこまで伝わったか不安ですが、正直、とっても嬉しかった。不安はないかと言えば、初めて親になるわけで、現実の社会は厳しいこともたくさんありますから、心配もありました。いろいろ大変なんだろうなと思いましたが、不思議と楽天家なところもあり前向きになれました。
実は私、少し変わったところがあって生まれ変わるとしたら絶対に女性になりたいという願望があります。それは子供を産んでみたいから。
お腹に赤ちゃんが(命が)いるという体験は女性しかできません。約10ヶ月間、命を宿して過ごす体験、してみたくありませんか?あまりいないですよね(笑)そんな余談です。

個人的な背景をもう少し話しますと、私は、私を産んでくれたお母さんと20歳の時死別しています。乳がんでした。母は生まれつきの心臓病でした。障碍者手帳3級。弁膜症です。父は広島県出身の被爆2世です。祖父は原爆の落ちた広島市内で生活していました。
母の出産には2つのリスクがありました。
一つは心臓病のため帝王切開がかなり難しい(麻酔が打てない)。
また長時間のお産になるほど心臓に負担がかかります。
もう一つは父が被爆者の息子であること。
子供ができにくい、出来ても障害がある可能性が高まる。などのリスクがあります。父は4兄弟の末っ子ですが、兄弟で子供のいる家庭は1組・1人のみ。でも、その子(私の従弟)はダウン症です。
それでも、母は私を産むことを決めてくれました。障害児が生まれる可能性は他に比べて高かったのです。また、心臓への負担が大きいと命と引き替えに出産するという可能性もありました。

私は、五体満足で何の障害もなく産まれてきました。
『出生前診断』というものがあります。産まれる前の遺伝子を調べて遺伝子異常(ダウン症)かどうかが判別がつくツールです。出生前診断をして、障害があれば流産させるという家庭もあります。倫理に深く触れるものなので批判や賛成は一概にしませんが、私は受けませんでした。どう産まれて来ても、自分で責任を持って育てようと、私は思っていました。母もきっとそうだったはずだから。
赤ちゃんが生まれてきて、自分自身もこのように産まれてきたのだと思うと、自然に泣けました。嬉しくて。目の前の命の尊さが嬉しくて泣いてました。産まれて来てくれて、ありがとう。
6人に1人が不妊治療していると言われる時代、子供が出来て、母子ともに健康に産まれて来てくれる。当たり前のことが本当にありがたいし、幸せなことです。妻にも感謝です。

母子手帳をもらった日にちは4月19日。
偶然にも、亡くなった母の誕生日でした。

きっと見守ってくれてたのですね。

無事産まれましたよ!お母さん。


そんなこんなで、ミギーの長男誕生秘話でした。めでたしめでたし。
最後までご覧いただきありがとうございました!
次のレビューも見て下さいね。

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